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豆知識

日本酒19升を飲み干す?都市伝説的大酒飲みの真実

江戸時代に「大酒飲み大会」が存在した!?

皆さんはお酒をどのくらいの頻度で飲むでしょうか。

毎晩飲む、週に数回、年に数回、まったく飲まない、いろいろな人がいると思います。

それでは、一回の飲酒では、どのくらいの量を飲むでしょう。

ビール1杯で真っ赤になる人、サワー数杯で満足する人、日本酒を一升飲んでも平気な人、こちらもいろいろな人がいるでしょう。

このように、飲酒の量は個人の体質、嗜好によってさまざまです。

しかし「いくらお酒が好きで強いと言っても、一度に何升も飲めないでしょう?」と思われるかもしれません。

確かに、常識的に考えたらそんなに大量に飲酒するのは無理だ、と思えます。

ところが、です。

江戸時代には「酒合戦」と呼ばれる「大酒飲み大会」が存在していました。

その大会に出場した、信じられない大酒飲みたちをご紹介しましょう。

老いも若きも男も女も飲みまくり! 「千住酒合戦」

文化12年(1815年)に、飛脚宿主人の中屋六右衛門の還暦を祝って行われたのが「千住酒合戦」です。

画家の谷文一、谷文晁、書家の亀田鵬斎、文人の大田南畝など、当時の著名人が同席しており、大田南畝の手により『後水鳥記』という記録が残されています。

5合、7合、1升、1升5合、2升5合、3升の酒が入る杯が用意され、参加者は自分の好きな杯を選んで飲むことができました。

それにしても3升の酒が入る杯とは、どのくらいの大きさなのでしょうか。

大相撲の優勝力士が大きな杯でお酒を飲むシーンがありますが、あんな感じだったのでしょうか。

それはともかくとして、この「千住酒合戦」に参加した人がどのくらい飲んだかと言うと…。

・馬喰町の茂三、31歳、2升5合。

・伊勢屋言慶、62歳、3升5合。

このくらいはまだ序の口です。

・千住の農民市兵衛、4升5合。

・大坂屋長兵衛、4升5合を飲んだ後、一眠りしてから迎え酒に1升5合。

まさに飲酒の化け物集団の中、優勝したのは「小山の佐兵衛」という男。

なんと7升5合を飲み干したと言います。

この酒合戦には女性も参加していました。

・天満屋みよ女、1升5合。

・菊屋おぶん、2升5合。

さすがに男性に比べれたら少ないですが、それでも大したものです。

中には水1升、醤油1升、酢1升、酒1升を芸者の三味線に合わせて次々と飲み干した大門長次という男もいました。

もう何がしたいのかよくわかりませんが、とりあえずスゴイということは伝わります。

さらなる大量飲酒記録が! 「万八楼酒合戦」

文化14年(1817年)3月23日、両国橋万屋八兵衛の所有する万八楼で行われたのは、酒だけでなく飯や甘味の大食いも含めた「大食大飲会」でした。

飯や甘味の部でもかなりとんでもない記録が残っていますが、酒の部の記録を見ると……。

・堺屋忠蔵、68歳、9升。

・明屋敷の者(名前不明)、9升5合。

「千住酒合戦」に比べ、異常に量が増えていることが驚きです。

さらに

・伊勢屋伝兵衛、47歳、8升1合を飲んだ後、飯3杯、茶9杯を飲み、踊りを披露。

・山の手の侍(名前不明)、63歳、4升飲んだ後に謡をうたい、一礼してすぐに帰る。

という、よくわからない酒飲みたちも健在です。

そんな中、優勝したのは「鯉屋利兵衛」、30歳。

飲んだ量は驚異の19升5合!

はたして人間の胃袋に、一升瓶19本半の中身が収まるのか? という疑問もありますが……。

途中でトイレにでも行きながらゆっくり飲んだ、と考えれば、ありえない話ではない……かもしれません。

江戸時代の人はなぜそんなに大量に飲めたのか?

常識的には考えられないような大量飲酒の記録が続出する江戸の「酒合戦」。

本当にあったことなのか? と疑いたくなってしまいます。

しかし「千住酒合戦」を『後水鳥記』を書いた大田南畝は名の知れた文人です。

そんな人が(多少の誇張はあるかもしれませんが)まるっきりのウソを書くとも思えません。

ここで登場するのが「江戸時代の酒は、現在飲まれている酒よりも薄かったのではないか?」という疑惑です。

江戸時代は、現代と違って商品管理という意識が希薄でした。

酒屋にとって、酒は量を売れば売るほど儲かります。

「だったら、水で薄めればもっと儲かるじゃないか!」

そんな酒屋が多かったのかもしれません。

中には酒の製造元である蔵元で水を加え、輸送中の船の中で船乗りたちが盗み飲みした分をごまかすために水を加え、酒屋が居酒屋に売る前に水を加え、居酒屋でも量を増やすために水を加え……。

江戸の町民が飲むときには、すっかり薄くなってしまっていた、という話もあります。

そういった薄められた酒のことを「金魚酒」や「むらさめ」と言います。

「金魚酒」は、酒の中に入れた金魚が元気に泳ぎ回れるほど薄いことから。

「むらさめ」は、居酒屋を出た酔っ払いが村に帰るまでにすっかり酔いが覚めてしまうことから名付けられました。

このくらい薄い酒なら、今では考えられないくらいの量を飲めたとしても不思議ではないでしょう。

現在の私たちは、このような「金魚酒」「むらさめ」に悩まされることなく、酒を楽しめるという点で幸せなのかもしれません。

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